秀作は時間を味方に付ける
言葉のスケッチ
仏像の素晴らしさは単に彫刻的な作品としての素晴らしさだけで
成り立っている訳ではありません。
奈良に在る多くの仏像は作られてから数百年から千数百年ほどの時間が経過しています。
経時変化は不思議なもので良い作品をより良い方向へ変化させる加勢をする事があります。
具体的には時間のフィルターが掛かる事で余計なものが取れて
在り方に厚みが増したり迫力が増したりします。
仏師たちがどれだけ狙っていたかは分かりませんが、本当に優れた仏像達はそう言う時間経過が
作品の仕上げをしてくれることを知っていたのかもしれません。
私が世界中の全彫刻の中で最も素晴らしいと思っている東大寺 執金剛神立像もその一つです。
作られた天平時代当初には、極彩色だった像は千数百年後の現在では彩色の剥落が進んでいます。
しかしその剥落した様子が、仏敵との闘いを終えて厨子に戻って来たばかりの様な
臨場感を身に纏わせています。
平素は秘仏で12月16日にしか開扉されないので単純計算で
これまでに千数百日間しか人目に触れていない事になります。
天平時代の塑像仏としては保存状態が良いのは秘仏で厨子の中に安置され
三月堂の中での安置場所は北側、厨子の扉を開けて年に一回当たる光は
障子を通した北からの光で耐光的にも有利な環境です。
また厨子が高い位置に在る事も湿度変化からの影響を抑えてくれているはずです。
それら全ての要件を味方につけて現在に残る秀作です。
仏像をご覧になる時は安置場所との空間的な関係にも
目を向けてみるとより味わい深いと思います。
追伸
たまに○○寺○○像展の様な展覧会が博物館などで催される事がありますが
本来在るべき空間から仏像だけ引っこ抜いて来て展示しても味わいは薄いものです。
是非現地へ脚を運び『特別な感じ』を鑑賞しましょう。