【第9話】計画的お怠け時代
今日もむかし話になる。
芸大に入学した僕は心の中で或る事を考えていた。
合格するまでに2年間の浪人生活があった訳だが「描けない、わからない、下手、」
画面に対峙して不出来な単語ばかりを発生させたままモチーフと格闘し続けた2年間はとてもしんどかった。
私の同級生は18歳から30歳まで、人となりもバリエーションにとんでいたが
皆自分の将来に巨匠への道を思い描いている様に見えた。
そんな眩しい季節のなか僕は「今までのペースではとても続けられそうもない」
「やめられるかな」「絵を描くのをやめよう」そう考えていたのである。
こうして計画的お怠け不健康時代が始まった。
手始めに寝りたいだけ眠ることにした、アルコールも飲む事にした。
大学にはほとんど毎日行くが時間はバラバラ、登校してみてもアトリエには上がらず
学生食堂でいろんな科(音楽学部の娘さんが多かった)と談話して過ごす。
それに飽きたら、博物館、美術館、動物園、などへふらりと出かけてみる。
当時芸大の学生は上野公園内の施設の年間フリーパスを200円で持てた。
おそらくそれを一番活用したのは僕だろう。
半年も経った頃友達からアルコールの飲み過ぎを声色の変化に指摘された。
胃は毎日の様に痛む。
精神は精進を禁じられた僧侶の様である。
外から見れば何もしていない様に見えたろう私の中にはいつも浪人時代の景色が
光輝いて思い出された。
そして2回目の冬を迎えた或る時、「とても続けられない」そう実感した。
制作から離れた生活は2年間でギブアップの時を迎えることとなった。
部屋の中や廊下には、辛苦を共にした酒の空瓶が山の様である。
「もう一度現実を見つめ直すことから始めよう」
そう思い下宿で描いたデッサンが下の写真である。
絵は平面を抽象して在る。
私は画面に対峙した時、無限の奥行きと時間の扉を制作の中に開く、
その中で勝ちまた敗れる健康がありがたい。
これから先、また猛烈な勢いで制作を始めるわたしの再スタートはこうして切られた。